自転車泥棒 ヴィットリオ・デ・シーカ監督のネオレアリズモ

名作と名高い「自転車泥棒」の感想をダラダラと書きたいと思います。

惹きこまれる、兎に角惹きこまれる

 

冒頭のシーンから有名なラストシーンまで、兎に角惹きこまれました。

あらすじだけ語ってしまえばそれほど面白くない話かも知れませんが、実際には傑作の部類に入る映画だと思います。

簡単なあらすじ

時代は戦後、社会不安の中で街には失業者があふれていた。公共の職業安定所の前には人が群れをなし、アントニオも一刻も早く安定した職に就きたいと願う人々の中にかつてはいた。今では並ぶのも馬鹿らしくなって近くで寝ている。彼はもう2年間も毎日失望させられることに飽き飽きしていたのだ。そんなアントニオに仕事が紹介される所からこの映画は始まります。

アントニオに紹介された仕事はポスターを貼って歩くというシンプルなものでした。「自転車が必要だけど大丈夫だな?」そう聞かれてアントニオは最終的に大丈夫ですと答えてしまいますが、自転車は生活苦から質に入れています。そのことを奥さんに相談すると、彼女は嫁入り道具を売り、家族の希望の象徴である自転車を質から取り戻します。

ようやく安定した職に就いたアントニオ、息子を学校(?)に送り届けてから仕事場に向かいます。仕事は極めて単純、ポスターを壁に貼るだけ。アントニオは鼻歌交じりに仕事をこなしますが、大事な自転車が泥棒に盗まれてしまいます。

その後四方八方手を尽くして盗まれた自転車を取り戻そうとするアントニオと息子でしたが、ついに自転車が戻ることはありませんでした。途中で自転車の奪還を諦めるアントニオは息子と一緒にレストランに入り食事をします。食って嫌なことを忘れてしまおうという訳ですね。でも、食べれば食べるほど仕事を手放すのが惜しくなってしまいます。仕事さえあれば、家族でレストランにだって行ける。

追い詰められたアントニオはついに自分も自転車泥棒になってしまうのでした。

 

ネオレアリズモ

 

個人的に、映画には大きく分けて2種類あると思っています。

1つはエンターテイメントを追い求めた興行的側面。

もう一つは絵画や文学、彫刻のような芸術的な側面。

「自転車泥棒」は後者の芸術的側面を追求した映画だと思います。

のちにネオリアリズモ(新自然主義・新リアリズム)の代表作として知られるようになる同映画ですが、その名の通りリアリズモを追求し、見事に描写しきった映画だと思います。

冒頭の人々が公共職業安定所で並ぶ群衆と、並ぶことさえしないアントニオがふてくされているシーンで如何に職のない人々が多いのかを描写しています。

うまい映画監督は言葉でなく画で説明すると言われますが、その教科書みたいなシーンですね。

この映画の撮影には後に大監督となるセルジオ・レオーネも参加しており「ウェスタン」などにしっかり受け継がれていると言えます。

職が紹介されたことを喜ぶ奥さんがオカルトにはまってしまっている描写は、追い詰められた人間が何かにすがらなくてはならない状況を描写しているとともに、後に極限まで追い詰められたアントニオが同じオカルトにすがろうとする場面の伏線にもなっています。

ワンピースや進撃の巨人など現代でも人気のある物語には巧妙な伏線が張られていますが、この映画ほどそれがうまい映画も珍しいと思います。

貧しさに追い詰められた人間がどうなっていくのか、それを描ききった映画だと言えるでしょう。

まさにネオリアリズモな訳です。

 

救いはあるのかないのか?

 

色々な雑誌や媒体が名作映画トップ100を発表する際、この映画が入ることは稀です。

古い映画であるということも理由としてあると思いますが、色々な意味ですっきりしないラストシーンもその要因の一つかも知れません。

自転車泥棒となったアントニオは群衆によって取り押さえられます。

警察に突き出そうとする群衆の前で、子供は大泣きします。

それを見た群衆の1人が、アントニオを見逃すことを決定します。

茫然とするアントニオと大泣きする子供。

映画の幕はそこで閉じられますが、聴衆はそこで何も解決していない事実を突き付けられます。

盗まれた自転車は戻ってこないし、一体明日からこの親子はどうやって暮らしていけばいいのか?

嫁入り道具を売ってまで取り戻した自転車は、結局どこかに行ってしまいました。

希望の象徴である自転車を失うことは絶望を意味します。

「素晴らしきかな人生」というアメリカ映画があります。

アメリカの大学の授業でもよく題材にされるジェームズ・スチュワート主演の映画です。

劇中では主人公は散々な目に遭い、最後は自殺まで考えるのですが、どんでん返しで悪は滅びハッピーエンドで終わります。

如何にも映画的な終わり方だと批判されることも多い同作ですが、名作トップ100(特に媒体がアメリカの会社だと)に必ずと言っていい程入ります。

人々が映画に望むことの中には、現実とは違うある種の理想を見出したいということがあります。

考えさせられるラストシーンよりも明日の活力になるハッピーエンドを観たい。

けれどもまぁ、たまにはこういう徹頭徹尾リアルを描き出した映画もいいんじゃないかなと思います。

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