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セント・オブ・ウーマン/夢の香り アル・パチーノ初のアカデミー主演男優賞

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アルパチーノここにあり!

名画やね

 

この映画は、かつて教えていた高校生からDVDをもらって数年経ったのちにようやく見た映画でした。

「でした」って今見たばかりなのですが。

この映画はたぶん、見る年によって大きく感想が大きく変わるんだろうなぁと思います。

自分が10代、20代だったらチャーリーの方の視点から見ていたと思うけど、30代になった今はどちらかというとアル・パチーノ演ずるフランク・スレイダー中佐の方の視点に近くなっていますね。これから先、年を経るにつれてどんどんフランクの視点に近づいていくんだろうなぁと思いましたね。

物語の軸は2つあって、1つはクリス・オドネル演じるチャーリーが学校である事件の犯人を目撃してしまう学校側での軸と、アルバイトの求人を見て関わることになったフランクとの交流。最後は2つの軸が1つになってハッピーエンドの形で物語が集約するという構成になっていました。

同じようにアメリカのハイスクールが舞台となった「今を生きる(原題:Dead Poets Society 主演ロビン・ウィリアムス)」と同じように青年期における友人の大切さを、「フェリスはある朝突然に(原題:Ferris Bueller’s Day Off)」と同様に教条主義的な学校長の傲慢に対する反抗を主軸にしながら人が生きる意味をテーマにした傑作だと言えるでしょう。

日本でもアメリカでも、80年代は学校や社会に関する青年期の反抗がテーマの物語が多かったように思えます。

今は学校側の大人たちが何を信じていいのかわからない状況になってしまっていますけど、このあたりの学校教育は日本でもアメリカでも前へ倣えの精神で、ある種の型はめが問題になっていたんだなぁと2016年の現在からみると思ってしまいますね。

この物語の悪役はフェリスと同じように校長で、自分のジャガーに悪戯をした犯人を目撃したであろうチャーリーとジョージ・ウィリス・Jrを締め上げて犯人を割り出そうとうのですが、こやつが汚い。

独裁者が自己の協力者を得るためにするような篭絡手段を使う訳ですね。

ジョージには父親に圧力を、金のないチャーリーにはハーヴァードの推薦件を。

ここら辺はヒットラーをはじめとしたディクテイターの手法と同じですね。

日本の入試制度と違ってアメリカの入試制度は自由試験というより面接重視、もっと言えばどこのハイスクールでどんな成績だったかが物をいう仕組みになているんですよね。

アメリカは自由の国というイメージが強いですが、日本とは比較にならないほどの学歴主義社会で、ハーバードに行くような連中はプレップスクールと言われる名門中学校から名門大学までコースが決まっていて、ある意味生まれた時から将来が決まっているような社会なのが実態です。

ジョン・アーヴィングの「ホテルニューハンプシャー」の一節に「その学校は私立としては最低だったが、それでも公立の学校よりはましだ」みたいなのがあって、よほどのことがない限りハーヴァードに代表されるアイビー・リーグには一般の学校からは入れないみたいですね。

アメリカもイギリスの制度の流れを汲んでいるからあれですけど、基本的に見えない身分制度によって運営されている国だと言える一方、とびぬけて優秀な奴は受け入れる度量の広さも兼ね備えているから恐ろしい。

そりゃあ日本は勝てないよね。

 

この物語はハッピーエンドなのだろうか?

 

誰がどう見てもハッピーエンドなんですけど、結局チャーリーはハーヴァードに行くことはできないかも知れないんですよね。

ハーヴァードの学費は日本円にして1年で300万円ぐらいかかるので、本当にとびぬけて優秀か金持ちの息子でもないと入れないわけで、ハイスクール側とのコネも入るのには重要。

チャーリーの経済力では到底行き得ないステージだとも言える訳です。

フランクが指摘した通り、チャーリーはここから抜け出したい、一般の高校生が思うようにステージの高いところに行きたいって願望があるはずなんです。

そこに行くまでの敷居はとても低い。

元々低い上にジョージは篭絡されていて、いわゆる「囚人のジレンマ」がある訳です。

囚人のジレンマ:お互い協力する方が協力しないよりもよい結果になることが分かっていても、協力しない者が利益を得る状況では互いに協力しなくなることを言う

 

チャーリー側の心理的障壁はまさしく「良心」のみ。

「仲間は売れない」

けど、そいつらとも特に仲がいい訳ではない。

離せばハーヴァードに行ける。学費や寮費の心配もいらない。将来は大企業や国の機関で働ける。

この映画の主たるテーマは「仲間同士の絆」というより「良心の高潔さ」にあるんだと思います。

仮にチャーリーがそれを守ったところで何も得るものはなく、失うものは大きい。守らなかったとしたら得る者は大きく失うものは特にない。

利害関係の絡む大人の世界への入り口。

青年期から壮年期にかけて、段々と利害関係を優先し、妥協し、スリ切れてくる。

フランクがもう見たくなかったのはそういう良き青年が欲得詰めの大人になる瞬間だったのでしょうね。

なんとなくわかる気がします。

幼いころに教えられていた教えのうち、一体何割が正しいことだったのだろうか?

そして正しいことを正しいと言えるようにならなくなっていくのが大人の世界。

これから先、チャーリーはそんな大人になっていくのか、高潔なままでいられるのか?

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