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村上春樹最新作 騎士団長殺し 第1部 顕れるイデア編 感想

発売日に購入したのに結構な日数が経ってしまいました。

往年の村上春樹、ねじまき鳥クロニクルに似ている

 

以前の長編、特に「1Q84」を読んだときに、なんだか村上春樹なんだけど村上春樹っぽくないなと思いました。どちらかというと悪い意味で。

なんというか作品の根底に流れている何かが変わってしまったような

「風の歌を聴け」から「海辺のカフカ」辺りまで脈々と受け継がれてきた村上春樹らしさがないなと。

一言で言えば「喪失」でしょうか。

村上春樹の小説において、「喪失」は1つの大きなテーマだと思っています。

「羊をめぐる冒険」でも「ねじまき鳥クロニクル」でも「ノルウェイの森」でも結局は大切な誰かを失っています。

ノルウェイの森はその後もっと何か大切な存在に気付く訳ですが、個人的にはヘミングウェイの「武器よさらば」に通じるような、何かを喪失してしまうモチーフが村上春樹らしさだと思っているのでノルウェイの森は春樹作品の中で一番好きではない作品かなと思っています。

そういった意味で今回の「騎士団長殺し」はいきなり「喪失」が始まっており、昔の作品同様村上春樹らしさが返ってきたと思いました。

また、やはりというか全体として「ねじまき鳥クロニクル」に似ていて、ねじまき鳥の「壁のすり抜け」の部分と今回の「鈴」を発見するあたりが個人的にはあぁ、なんだか似ているなと思いました。

 

良くも悪くも村上春樹っぽさから抜け出せなかったのも事実かなと

村上春樹の場合は長編の後には実験的な作品を書き、自分の殻を破ろうとする気概がありました。

「海辺のカフカ」の後には「アフターダーク」を、「1Q84」の後には「色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の旅」というどちらも評価は芳しくないものの意欲的な作品でした。

「羊をめぐる冒険」以降の長編は、回を重ねるごとに基本的には進歩していて、「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」はその最高峰として完成されていたと思います。

ねじまき鳥クロニクルで壁抜けを体験して以降、作者の感性はさらに一歩上のものになり、「海辺のカフカ」にて一端完成されたように思います。

いい意味でも悪い意味でも

まだ第一部なので何かを言うには早すぎる気もしますが、その辺りからの進化は今のところは見られないなという感想です。

じゃあ駄作かというとそうでも無くて、ある意味村上春樹が最も影響を受けた「ロストジェネレーション」のモチーフを更に深化している部分があって、「グレートギャッツビー」のフィッツジェラルドや「ロンググッバイ」のレイモンド・チャンドラーの作品に出てくるような行き場の無さがよく表されていると思います。

現代日本のようにSNSや各通信手段が発達した世の中だからこそ、ますます人々は行き場をなくしてしまっている。

騎士団長殺し1部には、現代社会の話なのにフェイスブックもツイッターも2chも出てこない。

かろうじてgoogleだけが出てくる。

いい意味でも悪い意味でも現代小説ではなく、ある種の普遍性を持った作品なのかも知れない。

第二部に期待!

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