その女アレックス 救いのない者と救われた者の物語 ネタバレもあります。

71-TNtBpZbL逆転、慟哭、そして感動。2014年最高の話題作

⇒悲しみのイレーヌのレビューはこちら

久しぶりに本の紹介をします。
このブログは「本」のカテゴリに含まれるブログでした。。
さて、今少し後悔していることがあります。
それは、この本を夜中に読んではいけないということです。
気が付いたら朝になっており、興奮で眠れなくなっています。
私はあまり話題の本を話題になっている最中に読むことはないのですが、あまりの絶賛ぶりに思わず買ってしまいました。
感想としては、文句なしに傑作です。
でも、読むのに覚悟がいる本です。
とても悲しく、とても痛々しい物語。それが「この女アレックス」です。

読み終えた方へ101P以降の展開は誰にも話さないでください

帯に書いてあったコメントです。
一体101ページに何が書いてあるんだろう?
そう思いながら読んでいきました。
※当記事にはネタバレを含みます。
1ページ目を繰り、目次を見てみますと、この本が3部構成になっていることが分かります。
そういう小説は珍しくないのですが、この一冊に関しては趣が違います。

第一部 P11~P185

「アレックスはその店で過ごす時間が楽しくてたまらなかった」
という文章から始まるこの小説。
一つ一つの文章は短めで、読みやすいです。
序盤は、アレックスというとても美人な女性が街をブラブラしてしている様子が描かれます。
同時に、アレックスは見知らぬ男性につけまわされる描写が付け加えられ、その男に誘拐されます。
場面は変わり、カミーユ・ヴェルヴェーンという刑事の話になります。
身長は145㎝、母は著名な画家で、心に大きなトラウマを持つ刑事。
彼の妻イレーヌは、誘拐された上に惨殺されてしまったのでした。
それも母のアトリエで。
そこから立ち直れないまま、上司であるル・グエンは彼に誘拐事件の捜査を任せます。
初めは乗り気ではなかったカミーユも、誘拐された女性にイレーヌの影が重なり、もう二度と、誰にもあんな目に遭わせない、という強い決意で捜査に臨みますが、全く手がかりをつかめないまま日が過ぎていきます。
一方アレックスはとにかくひどい目に遭います。
裸にされ、暴行され、木箱に詰められ、その木箱はクレーンで宙に浮いたままにされます。
中世の拷問器具「少女」というものを模した拷問に逢い続けるアレックス。
一方カミーユは何の手がかりもつかめません。
人ひとりいなくなったのに、誰もそれに気が付かないなんてことがあるのか?

カミーユのこの疑問に、パリという大都市、ひいては世界中どこにでもある都会の無関心と孤独がよく表れています。
カミーユはまず被害者の身元を割り出そうとしますが、なかなかうまくいきません。
防犯カメラの映像を手掛かりに、目撃者の証言を手掛かりに、バスの運転手の証言を手掛かりに、捜査は一向に進まなかった。
一方のアレックスは限界に近づいていた。
「なんで私なの?」
時折来る誘拐犯に問いかけても、
「お前がくたばる所をみたいんだ」
としか言わない誘拐犯。
焦りの募ってくる思いに押しつぶされそうになるカミーユだったが、昔の部下であるルイ(とても大金もち)やアルマン(とてもケチ。新人にタバコやボールペンをたかるほど)の活躍もあり、被害者の身元よりも先に、誘拐犯の身元が割れる。
ジャン=ピエール=トラリュー
時を同じくして、アレックスも、誘拐犯がパスカル=トラリューの父親だと気づくのであった。
ここまでが、帯に記載されていた101ページまでの内容です。

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警察はトラリューの潜伏場所を探し出し、犯人を待ち伏せしますが、手違いからトラリューを取り逃がし、あまつさえ犯人の自殺を許してしまいます。
潜伏場所には女はおらず、手がかりも失われてしまいました。
一方のアレックスは、ほとんど動かないからだでネズミとの格闘を余儀なくされていました。
もうすぐ自分は死ぬ。
でも、死ぬ前にやり遂げなければならないことがある。
それまでは自分は絶対死なない。
被害者の発見に尽力するカミーユ達は、ある意外な事実に遭遇する。
ジャン=トラリューの息子であるパスカル=トラリューが行方不明になっている。
それと同時に浮かび上がる疑問。
ジャンはどうやって女の居場所を突き止めたのか?
警察が全力で捜査しているにも関わらず、その行方がまるでつかめない女の?
その疑問は解決されないまま、誘拐犯ジャン=トラリューの息子パスカルと、被害者の女性が交際していたという事実がう赤日上がる。
ただ、パスカルとその女性はお世辞にもつり合いが取れているとは言い難い、二人を知る者は皆口をそろえて言う。
その女性のことは誰も知らない。「ナタリー」という名前を除いては。
アレックスは血を流し過ぎていた。そのせいで、ネズミたちがどんどん寄ってくる。
カミーユはついに、パスカルの発見に成功する。
彼は後頭部を幾度となく殴打され、喉に硫酸を流し込まれた状態で発見された。
カミーユがさらに捜査を進めると、ベルナール・ガデーニという人物も、喉に硫酸を流し込まれて死んでいることが分かった。自殺として処理されていた。
更には、ステファン・マシアクという男も喉に硫酸を流し込まれて死んでいた。
カミーユは確信した、誘拐された女性は殺人犯であると。
それと同時に、カミーユの携帯に、女が見つかったとの連絡があった。
カミーユが到着してもまだ、廃屋の扉は固く閉ざされ、解体の最中だった。
カミーユは、小柄さを活かし、するすると中に入って行く。
そこには死骸があった。
女ではなく、ネズミの死体があった。
「少女」はバラバラになっており、女は既にいなかった。
警察はすぐに捜査網を広げたが、女が見つかることはなかった。

第一部はここで終わりました。
被害者だと思っていた人間が、実は加害者だったというのはそれほど例がないように思えます。
そして、全部を読み終えた感想としては、第一部は導入の部分であって、第二部こそが本編だったのだなぁと思います。
「そのアレックス」という題名は、よく考えられてつけられたのだなぁと感心しますね。
第二部になり、アレックスは次々に殺人を犯していきます。
それは、たまたま泊まったホテルの女主人だったり、よく行っているレストランの常連客だったり、逃亡先に向かう途中にヒッチハイクした運転手だったり。
警察がいくら調べてみても、被害者たちに共通点は見つかりません。
なぜアレックスは次々と人を殺していったのか?
この小説はミステリーの範疇に含まれるものであり、一般的には「ホワイダニット(WHY HAS DONE ITの略 動機に重きを置くミステリーの類型)」に含まれるものだと思います。
彼女はシリアルキラーでありサイコパスなのか?
アレックスが殺人をする描写は、見ていてとても痛々しいです。
硫酸を流し込まれる被害者は勿論ですが、加害者であるアレックスの方が痛々しいのです。
それは、こんな描写に表れています。
「アレックスはちびり、またちびりとウィスキーをなめながら、結局のところずいぶん泣いた。まだこんなに涙が残っていたのかと驚くくらい、いくらでも泣けた。
なぜならそれは、あまりにも孤独な夜だったから。」

彼女を追うカミーユもまた痛々しいです。
母が死に、妻が死に、父も死んだ。
妻の死から立ち直れないカミーユを、よくあらわした描写があります。
「あまりにも殺風景な光景だった。心のよりどころとなるものが何ものこされていない。悲しみを乗り越える為の支えが何もない。悲しみそのものが変わってしまっている。その時不意に、頭上から石でも落ちてきたかのように、あの凄惨な場面がよみがえってった。
イレーヌと胎児の死体……。
カミーユは、膝を折って泣き崩れた。」

この小説を「勧善懲悪」ものだという意見もあるようですが、果たしてそうでしょうか?
一体何が善で、何が悪なのか?
カミーユとアレックス、救われるのはどちらなのか、是非お読みになっていただきたい一冊です。

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とても悲しく、痛々しい物語。
まさに、master-piece という言葉がしっくりくる小説です。

二分の一の騎士

8514764635_fc68168b44_b 僕たちはきっとうまくやれる。ぼくなら、きみを守る本物の騎士になれる
個人的にもっと売れてほしい作家に、初野晴がいる。
特に「二分の一の騎士」という本は信じがたい程に面白かった。
冒頭いきなり、主人公であるマドカは恋に落ちている。しかも、恋した相手に勝手にサファイアなどと命名している。この時点で私は読む気をなくしたのだが、少し我慢して読んでいくと、話は意外な方向に進んでいた。
マドカは生粋の同性愛者なのである。
なので、恋した相手は女子高生である、と思っていたら女装した男だった。というより幽霊だった。
と言った感じで、話がポンポン進む。頭の整理がつかない状態で話が進んで行くのだが、妙な勢いで話にのめりこんでいってしまうのだ。
サファイアは幽霊であるのでとても弱く、何もできない。ホームズよろしく知恵でマドカを助けるのだ。最弱にして最強の騎士、それがサファイアである。
そう、この話はある種の探偵小説だったのだ、ということに読んでいるうちに気づく。
作者の初野晴さんは、横溝正史大賞を受賞したミステリー作家なのだから、当たり前のようにミステリーなのだが、サファイアとマドカのやりとりを見ていると、変わった学園物だという感じがしてくる。
話の軸は、サファイアとマドカが、4人の犯罪者たちと戦っていく点にある。
「ドッグキラー」
「インヴェイジョン」
「ラフレシア」
「グレイマン」
どんどん凶悪化していく犯罪者達に反比例するように、段々とサファイアの存在が消えて行ってしまう。
何のへんてつもない地方都市で、何の能力も持たない女子高生が、何もできない騎士と二人で、人知を超えた犯罪者と戦う。
ドラゴンボールでもなんでもそうだが、一番面白いのは、主人公側が敵より圧倒的に弱い話である。主人公たちが圧倒的劣勢をいかにしてくつがえすのか?



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最近の少年漫画になくなってしまった要素が、この小説にはつまっている。
特に最強の犯罪者「グレイマン」との戦いは圧巻で、敵の存在は分かっていても、まるで姿の見えない、犯罪が行われていることさえ知られない最強のサイコパスシリアルキラー「グレイマン」を相手に、ほとんど息もできない程に弱ったサファイアと、ぜんそくもちで必ずしも体が丈夫とは言えないマドカがどうやって勝ちを収めるのか、是非読んでいただきたい一冊である。

全然関係のない話であるが、私も横溝正史大賞に応募したことがある。結果は最終審査の一個前で落ちてしまい、それ以来、何年も何も書けていない。
こんな素晴らしい本を書ける作者がうらやましいと思ってしまう。
作者が書きたいものを全て凝縮した一冊、それがこの「二分の一の騎士」なのだと思う。
いつか、私にもそう言った一冊が書けるようになるのだろうか…

神様からの一言

71dyURn-OCL__SL1300_ 最近ポケモンのことばかりだったけど、このブログはそもそも読書ブログだった。
ってな訳で本日ご紹介させていただくのは荻原浩さんが書いた「神様からの一言」
この本を読んだのはもう10近く前、私がまだ大学生だった頃だったと思う。
御茶ノ水の三省堂書店に行って買った記憶があります。
書店員さんが大絶賛!!
という帯が今もまだ残っていて、なんだか懐かしいとともに、自分が急に年を取った気がします。
大手広告代理店を辞め、「玉川食品」に入った佐倉涼平は、入社早々販売会議でトラブルをお越し、リストラ要因収容所とさえ言われる、「お客様相談室」に異動になった。そこでは「神様」からありがたい一言が。
荻原さんの本は結構好きで読んでいるのですが、これは別格だと思います。
まさしく笑いあり、涙ありの一冊で、コメディチックにやくざを撃退したと思ったら、仲間が自殺をしてしまったり、いつもコミカルな人物が、内面には複雑な悩みを抱えていたり、とにかく面白いなぁと思う一冊です。
10年経った今でも、よく覚えているこの本の中のやりとりがあります。主人公の佐倉涼平と、先輩の篠崎との会話。
「会社ってのはさ、このおでん鍋みたいなものなんだよ」
「え?」
篠崎が酒の代わりを注文するちでに、空のコップで目の前のおでん鍋を指した。
「ほら、せまい所でぐつぐつ煮詰まってさ、部長だ、課長だ、役員だなんて言ったって、しょせん鍋の中で昆布とちくわが、どっちがえあらいかなんて言い合っているようなもんだ。考えてみ、このおでん屋じゃ牛スジが一番高くてエラそうだけど、他の食い物屋行けば使っちゃもらえない。こんにゃくはここじゃ安物だけど、味噌田楽の店にいけば堂々のエリートだよ」
なんだかよくわからないたとえだった。どうせこの場でおもいついただけの言葉に違いないのだけれど、とりあえずうなづいた。
「ちくわぶはいってみりゃ専門職。天職を見つけたってやつだな。よそには行けないけれど、おでんのなかでは存在感を示すことができる。似ていても、ちくわはよそに転職が可能だ。そう考えてみれば、簡単だろ。お前がこのじゃがいもだとする。おでんの中ならただの平社員だ。でも肉じゃがの中なら共同経営者だよ。ジャガバタなら押しも押されもせぬ社長。社員はバターと塩だけだけれどな」
「なるほど」
「会社の序列なんて、たいした順番じゃないんだよ。一歩外にでたら、ころりと変わっちまうかもしれない。でも、子供の時から一生懸命に競走して、ようやく手に入れた順番だからね、そこから落ちこぼれたくないんだな」
カウンターに置かれた新しい坂をひとくちすすってから篠崎は首を振った。
「みんな、何が怖いんだろうな……人のことは言えない。俺もだよ……おれは何がこわいんだろう」
篠崎はいつも、謝罪の為のお金をちょろまかしては競艇に使ってしまうダメなおっさんである。そんなダメなおっさんが、妙にしんみりとして言う言葉に、当時はこれ以上ない程リアリティを覚えた。
この直後、仲間の一人が死んでしまう。
会社の理不尽によって殺されたのだ。
人は不条理によって殺される。そして不条理は世の中に満ち満ちている。

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これを読んだ時の私は、絶対にサラリーマンにはなりたくないと思った。それでもやはり、そうなってしまった。
ばかばかしくも逃れられない何かを、この小説は最後に笑い飛ばしてくれる。
「おでん鍋なんか飛び出しちまえばいいのに」

あした天気にしておくれ

81pkh7LVxcL__SL1500_ 一番好きな本は? と聞かれたら、答えるのは難しい。好きな本が多すぎるから。
じゃあ、一番好きな作家は? と聞かれたら、迷わず答えられる。
 岡嶋二人であると。
今はもういない作家である。
岡嶋二人とは、日本では珍しい二人組の作家で、徳山諄一さんと井上泉さん(現:井上夢人さん)の共作筆名である。その経緯は「おかしな二人 岡嶋二人盛衰記」に詳しい。私はこの本がとても好きなので、是非多くの方に読んで欲しいと思う。
岡嶋二人はビッグタイトルである「第28回江戸川乱歩賞」を受賞して作家デビューをした。江戸川乱歩賞といえば、過去の受賞者には、西村京太郎さん、東野圭吾さん、池井戸潤さんなどのビッグネームが並ぶ。受賞にいたらなかった人の中には、山村美沙さん、夏樹静子さん、島田荘司さんなどこれまたビッグネームが並ぶ。そんな大物揃いの作家たちの中でも、私はぴか一に岡嶋二人が好きである。
「あした天気にしておくれ」は、岡嶋二人が第27回江戸川乱歩賞に応募し、最終選考まで残ったものの、受賞には至らなかった作品である。
「おかしな二人」にくわしいが、二人はいつも妄想をして遊んでいた。いつか江戸川乱歩賞取ったらどうする? そんな会話をいつもしていたそうだ。夢物語。赤塚不二夫物語もそうだったが、ある意味夢は叶えるまでが楽しいのかも知れない。井上さんいわく、岡嶋二人は江戸川乱歩賞を取った瞬間に衰退が始まったらしい。
「あした天気にしておくれ」は、その意味で岡嶋二人最盛期の作品なのである。夢に満ち満ちていた二人の、本当の意味であしたにかけた作品なのである。
是非読んでいただきたいのだが、今はアマゾンですら在庫がないらしい。入手はかなり難しいだろうと思う。
キンドル版は販売しているようなので、そちらで読める方は是非。
大きな図書館ならばあるだろうと思うので、暇があれば、なくても読んでいただきたい。

武器よさらば A FAREWELL TO ARMS アーネスト・ヘミングウェイ

51VQFWPHZNL 私が一番好きな小説の一つ。
後にノーベル文学賞を取るアーネスト・ヘミングウェイが、実に7年もの歳月をかけて生み出した傑作。
何年前に読んだのかは忘れたが、気が付いたら徹夜をしてしまい、しばらくは何もする気になれなかったのを今でもよく覚えている。
舞台は第一次世界大戦。アメリカ人のフレドリックは、イタリア北部戦線に身を投じていた(当時イタリアは同盟国を裏切り、協商側に寝返る。アメリカはルシタニア号事件(ドイツ軍がアメリカの民間船を爆撃)を受けて絶対中立(アメリカは当初中立)から協商側への協力体制へと移る。共に1915年5月の出来事)。そこで怪我を負ってしまい入院する。そこでキャサリンという名の、恋人を失ったイギリス人看護婦と恋仲になる。
ヘミングウェイ自体が、アメリカ赤十字の傷病搬送車要員として第一次世界大戦に参加している。その任務中に重傷を負ってしまい、入院先でアグネスというアメリカ人看護婦と恋に落ちる。ヘミングウェイ19歳の時である。
「文体革命」と呼ばれ、アメリカ文学界に大きな影響を与えたヘミングウェイであるが、「武器よさらば」はいい意味でアメリカっぽくない。
二次大戦以降のアメリカを、一言で表すならば「ヒーロー」であろう。
これは現在も変わっていない。
スーパーマン、キャプテンアメリカ、アルマゲドン、インデペンデンスデイ。
アメリカは世界の警察であり、絶対的なヒーローが世界を救ってきた。
「武器よさらば」は違う。フレドリックは世界を救わない。むしろ、誰も救わない。誰かを救おうとしてもことごとく失敗し、何度も殺されそうになる。
印象的な文章を引用したい。
「要するに、ぼくにとってはすべてが終わったのだ。僕はみんなの幸運を祈ってきた。いいやつもいれば、勇敢なやつも、平静なやつもいた。聡明なやつもいた。だれもが幸運を手にする資格をもっていた。が、いまやもう僕の出る幕ではなかった。僕はただひたすら、このろくでもない汽車がメストレに着いて、何か食べるものにありつき、考え事を辞められればいいと願った。とにかく、もう考えるのはごめんだった。~中略~とにかく腹が減った。~中略~しかし、彼ともう二度とあうことはあるまい。あの仲間たちのだれとも会うことはないだろう。ああいう暮らしは終わったのだ。~中略~今は何も考えられない。ただ食べたいだけだ。それ以外に何がある。食べて、飲んで、キャサリンと寝る。今夜にも実現するかもしれない。いや、それは無理だ。でも、あすの晩なら、可能性がある。~中略~日が暮れようとしている。僕は寝ころんだまま、どこを目指そうかと考えた。候補地はいくらでもあった。」
フレデリックがなんとか生き延びた後の文である。
村上春樹の、確か「羊をめぐる冒険」で、「武器よさらば」のことを、やたらと食事の描写が印象に残っている作品だと書いていた記憶がある。
食べることというのは、ある意味では未来への生存であり、希望なのだ。フレデリックは疲れ果てながらも、新たな生活、キャサリンとの生活に希望を見出す。
ヘミングウェイ自身の話。彼はアメリカに帰国したのち、アグネスから手紙を受け取る。
「あなたが好きだという気持ちにはまだ変わりありません。でも、それは恋人としての感情というより、母親の感情に近いと思う。~中略~わたし、近々結婚しようと思っているの。もしあなたがすべてを冷静に考え抜いてくれれば、私をきっと許してくれるでしょうし、あなたはあなたで素晴らしい人生をきりひらき、あなたの真価を世界に示してくれるにちがいないわ。そう、心から望み、また祈っています」
戦争の傷以上に、この手紙はヘミングウェイの心を傷つけた。その様子は短編「ごく短い物語」にくわしい。
フレドリックは無事にキャサリンと再会する。スイスへ亡命し、やがて子供までできる。
戦争の不条理を乗り越え、愛に満ちた生活を送る。
ハッピーエンドの予感、はしなかった。バッドエンドの予感。胸のざわつきが収まらない。
「ロストジェネレーション」
この言葉のもとは、ヘミングウェイやフィッツジェラルドなどにつけられた名前である。
そのことを、思い出しながら読み進めた。

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ラスト数行を、引用したいと思う。

「今はお入りにならないで」看護師の一人が言う。
「いや、はいらせてもらうよ」
「まだ、いけません」
「あんたのほうこそ出て行ってくれ」僕は言った。「もう一人も」
しかし、彼女たちを追い出し、ドアを閉めて、ライトを消しても、何の役にも立たなかった。彫像に向かって別れを告げるようなものだった。しばらくして廊下に出ると、僕は病院を後にし、雨の中を歩いてホテルまで戻った。

全てを読み終わった後、私は数時間動けなかった。




アンドロイドは電気羊の夢をみるのか フィリップ・K・ディック

71mHbvWceBL 映画「ブレードランナー」の原作、という煽りが気に入らない。
一般的には映画の方が有名かもしれない。
ハリソン・フォード主演のこの映画は、名画ランキング100、なんていう企画があると必ず入る。
映画だけを見ればそうなのかも知れない。
しかし個人的にこの映画は好きではない。
原作をかなり改悪しているからだ。
この映画に限った話ではないが、原作付の映画やドラマは改悪が目立つ。
私はこの本が好きである。今まで読んだ本の中でトップ10に入るかどうかぐらい好きである。
ページを繰る手が止められず朝になっていた。実際の話しである。
話の舞台は近未来。第三次世界大戦で荒廃してしまった世界を描く。
多くの生命体が失われてしまった地球。
生き残った人類にとっての夢は、本物の動物を飼うこと。
主人公のエリックは電気羊しか飼っていない。本物の動物は貴重で高いのだ。
 人間と他の生物を分けるのは、他者への共感を持つか否かである。
この小説の根底に流れているのは、人間とは何か? 人間にとって重要なことは何か? ということである。
ロボットやアンドロイドに対する認識は、日本人と海外で大きく異なると思う。
日本におけるロボットは、鉄腕アトムであり、ドラエモンである。すなわち、友達であり、自らを犠牲にしたとしても我々人類を助けてくれる存在なのだ。
向こうでは違う。ゲーテの「ファウスト」に出てくるブラッドベリのように、ホムンクルス(人造人間)は邪悪な存在なのである。
神のみが生命体を作れる。
キリスト教感が強く表れていると思う。
この本のアンドロイドは徹底的に悪として描かれる。
日本人の私にはアンドロイドが可哀そうに思えてくるのだが、やはり邪悪な存在なのだ。
映画版ではアンドロイドは人間に近い存在として描かれる。
原作では、見かけは近いが、中身は違う。他者への慈しみや愛を持てないのである。
映画では中身も人間に近い。
人間という存在への浮き彫りがまるで違うと思う。作品の核を壊してしまっているのだ。
まるで映画批判になってしまったが、それはこの作品を愛するが故である。
命とは何か、人間とは何か。

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))

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是非この本を読んでほしい。